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「言語とコミュニケーションの関係」とは?【倫理学】

倫理学
るーちゃん
るーちゃん

言語とコミュニケーションの関係について
今回はお話していこうと思います

本記事では
言語についての解説と
コミュニケーションとの繋がりについて
お話していきます。

また

「コミュニケーション倫理学」
「討議倫理学」
の視点からお話ししていきます。

この記事を読むことによって
言葉について改めて
考え直すことができます。

さらに

当たり前に感じていた
コミュニケーションについての考えを
言語化できるようになります。

コミュニケーションとは?

では私から質問です。

るーちゃん
るー

「コミュニケーション」ってなに?

一つの答えとして
自分と他者との考えを
できるだけ合意になるように
目指すこと

んん。わかんない。

そうですよね。(笑)
もっと簡潔に言ってしまえば

コミュニケーションとは
自分と相手の考えを
より理解しあうこと

と言い換えられます。

コミュニケーションをとることで
自分の考えや相手の考えを知ることが
できますよね。

では
どのような手段を用いて
コミュニケーションを行うのかを
お話していきましょう

 

言語

「コミュニケーション」を
考えるにあたってまず
人間は何を手段として
コミュニケーションしていますか?

それは言語です。

「言葉」

 

では、言葉とはなんでしょう?
辞書で「言語」と引いてみると
次のように書かれています。

言語とは、音声や文字によって
人の思想・感情を表現し、伝達するもの

少し納得いきません。
この説明だけでは

不十分ではありませんか?

1.言語とは、音声や言語だけ?
2.伝達するとは
「他者」に何かを伝えるものなのか?

この2つをもう少し
考える必要があります。

言語は 音声と言語だけ?

言葉以外にも、私たちは
身振り手振りをして
相手に何かを伝えようとします。

特に英語を勉強しているときに
とにかく身振り手振りが大事だ!
なんて言われたことありませんか?

また
手話というものもあります。

このように考えると言語とは
音声や言語と限定するよりも

「伝達の手段/コミュニケーションツール」

と考えるべきでは
ないでしょうか。

 

伝達するとは 「他者」に何かを伝えるもの?

言葉は「他者」に伝えることに加え
自分に伝えるためという考え方もできます。

日記というものが
いい例です。

日記は他者に読んでもらう
というよりも1年後あるいは数年後の
自分に向けて書くでしょう。

るーちゃん
るーちゃん

あー、あんときあんなことあったなあ

という具合に。

しかし、これも実は
「他者」に向けて伝えているのです。

日記を書いている自分と数年後に読む自分は
まったく同じ存在でしょうか?

きっと違いますよね。

 

私も小さなころは文章を
書くことをあまり
得意としていませんでした。

しかし

いまがブログを運営するほどに
文章を書くのが大好きです。

幼かった自分といまブログを
書いている自分は
ある意味で「他者」になりうるでしょう。

ここまでをまとめてみましょう。

 

コミュニケーションを行うためには
「言語」が必要です。

言語というのは
「他者に何かを伝えるための伝達手段」なんです。

 

自分にとっての言語

さらに少し考えを深めていくと
言語とは、思考活動が
可能であるための条件だとも言えます

自分ひとりで何か考え事をしているときにも
「言語」を使用しています。

何か解決しなければならない問題があるとき

あーでもないし、こーでもないしなあ。

と、考えますよね。

それが思考活動といい
言語(言葉)がなければ考えられませんよね

 

るーちゃん
るーちゃん

私たちは「日本語」で
モノを考えていますよね。

この場合の言語を哲学的には
「観念」「概念」と呼んでいます。

哲学者プラトンは
次のように考えています。

「考えるとは自分自身との対話である」

つまり
言語がなければ
考えることもできません。

自分との対話も
できないということです。

言語の役割について

コミュニケーションを行うために「言語」は
どのような役割を果たしているのか。

事実を確認し記述する
という役割を果たしています。

さらに
自他の間でコミュニケーションを
とって合意を目指すことにあります。

具体的に見ていきましょう。

「これがりんごがです」

という発言をするとき
りんごがあればその発言は正しい

だけど

りんごがなかったら
(例えば梨だったとか)
その発言は間違っている

事実の正しさを決めるのは
自分である

という考えを哲学的に
「真理の対応説」といいます。

しかし一方で
事実の正しさを決めるのは
ほかの人の同意が必要なのでは
ないか。と考えることもあります。

いくら自分が、リンゴだと思っていても
ほかの人は梨だという。

つまり
物事の正しさを決めるのは
みんなの判断の一致である

という考えを哲学的に
「真理の合意説」といいます。

 

よく考えたら納得できませんか?

1+1=2

これは当たり前の事実です。
しかし
10人中あなた以外の9人が「3」である
と答えるとあなたの答えは揺るぎませんか?

声高らかに「2」であると
答えられるでしょうか?

多くの人はこの
同調圧力に屈して答えを「3」と
言ってしまいます。

この実験に関しては
アッシュの同調実験を参考にしています。

つまり

いくら自分ひとりが「正しい」と判断しても
みんなの判断が一致して初めて
「正しい」となりうることもあるのです。

では、どのようにして
自分とみんなの合意を目指すのか。

それが「言語」なんです。

言語の役割とは、
自他との間でコミュニケーションを
とって合意を目指すことなんです。

コミュニケーションとは 自分と相手の理解を深めるもの

それでは
初めの問いに戻りましょう。

るーちゃん
るーちゃん

コミュニケーションとはなにか

まとめ

言語、つまり他者(自分を含む)に
何かを伝えるためのものを使って
自分と他者との理解を深めることです。

理解をより深めるためには
言語に対して敏感であるべきです。

あなたの発したその言葉を
相手を傷つけるための
手段にはしないでください。

あなたが発したその言葉は
他者、あなたを含んだ他者に
どうしても何かを
伝えるんです。

だから言葉には
どうか敏感であってください。

これが言語とコミュニケーションの関係です。

何かこの記事から
考えることができたのなら
私はとてもうれしいです。

最後まで読んでいただき
ありがとうございました。

私の言葉があなたに届きますように。

それではまた。

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